平泉の「世界遺産」登録を機に、平泉関連遺産としての比爪館跡や樋爪氏が注目されています。古都平泉の誕生には、その前史としての安倍氏や清原氏の歴史、さらに坂上田村麻呂による征夷事業があります。前九年合戦や奥州合戦が展開された場所が紫波郡を含む奥六郡という場所です。
奥州合戦で平泉藤原氏・樋爪氏は滅亡し、この合戦の恩賞として志波郡に領地を与えられたのが足利氏と河村氏です。足利氏は後に志波の地名を名字にして「斯波氏」と名乗りますが、紫波郡が幕府の三管領の筆頭としての要職を務めた斯波氏の発祥の地であることは意外に知られていません。
国家に服属しない「蝦夷」が住むという東北地方は、坂上田村麻呂による征夷事業などによって中央の文化や仏教が移入されました。紫波郡は征夷事業の最前線であったことや、前九年合戦、奥州合戦の舞台となったことから、多くの神仏が請来され、虚実織り交ぜた寺社の由来を伝えています。